横抱きにしていた細い体を牀台にそっとおろす。
 思い出すと言われたその昼と同じように、跪いて手に口付けを差し上げながら目だけで見上げた。
 「…幼平」
 「……は…」
 「…この熱、鎮めるすべを、お前は知っているのだろう?…お前の手で、私を、なだめて、くれ…」
 言って両の手で俺の顔を挟んで引き寄せる。導かれるまま、その唇に、唇で触れた。
 初めは軽く、吐息を注ぐ。
 舌先でそっと戸を叩くようにすると薄く開いてくださるから、ぐい、と舌全体を押し込んだ。
 「っふ、ぅ」
 甘やかな声をあげられるものだ…
 くらり、と目眩がした。
 歯列の裏側をなぞり、上あごに円を描き、舌の奥根を撫でる。
 舌先で窪みを押しては、舌全体を抱え上げるようにしてあの部分にも似た裏筋を辿る。
 「ぁっは、ぁ…」
 隙間が開くたび零れる声は、回を増すごとに温度を上げ蕩けていった。
 それが恥ずかしいのか、彼の頬が、かぁ、と朱に染まる。視線がうろうろと彷徨い、やがて強く閉じられた。
 視界を閉ざしたことで、安心したのか、あるいは咥内の感覚に集中したのか、戸惑いながらも俺の動きに合わせて舌を動かし始めてくださる。
 乳を貪る虎の仔のように、俺の舌をもぐもぐと甘噛みするのが心地よかった。と、急にがりっと力が入る。
 声を我慢すると歯を食いしばる癖があるらしい。差し込んだ舌の中ほどを思い切り噛まれ、血の味が口内に広がる。
 どくどくと出血に伴う痛みに、ぞくりと快感を覚えた。
 もっと、その牙で咬まれたくて、唇を離し、ぐい、と数本の指を彼の口に押し込む。血に濡れた舌で胸元を弄ってやると、また顎に力がこもり、犬歯が俺の指に食い込む。
 ぷつり、と肌が裂けて、たまらなく昂ぶった。
 さらに奥へと指を突きこめば、が、と濁った音を出して彼がえずく様にも欲情する。
 うっすらと浮かんだ生理的な涙は、だが、この後こそ嫌というほど流すことになるのだ。
 …さぁ、覚悟されるがいい。

 発光するような白い肌に血が赤く滲むのは沸き立つような興奮を掻き立てたが、今はまっさらな生の肌の色を楽しみたく、口内の血をぐっと飲み込み、彼の胸元についた赤を舐め取る。
 随分と敏感な乳首をしているらしく、それだけで孫権様はぶるりと体を震わせ、切なげに首をよじらせた。
 目の前に晒されたのど元が誘うようだ。わけもなく何度も唾液を嚥下しようとするたびに少しだけ喉仏が盛り上がる。
 その時しか起伏が現れないほどまっすぐな喉の線は、まだ発達していないせいだろう。高さを残した声からもそれが窺われるところだ。
 かぶりつく様に唇をあて、舌を横に動かしてその中心線をくすぐる。
 逃げるように揺らぐ肩を押さえつけ、そのまま手を回して上身を腕の中に収めた。
 抱きしめたまま肩から胸、背中、腰と、じっくりとなぞり、滑らかな肌を、血流の躍動を確かめる。
 こうしてみると、存外、骨が太くていらっしゃる。
 成長途上の体は、武を得意とされない筋肉の薄さと相まって、華奢な印象が先に立つけれど、
  この分ならば、いずれ王者にふさわしい堂々たる体躯を手に入れられることだろう。
 目に浮かぶ、逞しく成長された貴方の姿。
 日の光を受け鮮やかに輝く髪をきっちりと結い上げて頭上に冠を戴き、威厳を織り込んだ豪奢な衣を纏う。
 剣を振るうしなやかな腕、馬を駆る力強い腰や足、自信に満ち溢れ張られる華やかな胸。顎は今より甘さが抑えられ頬骨がきりりと際立つ。そういえば、顎鬚を生やしたいと仰っていたか。
  頭髪と同じ彩りの、綺麗に整えられた柔らかな紫髯が、雄々しい輪郭をほのかに和らげ、眦の切れ上がった碧眼はどこまでも気高く、強く、けれど慈愛をたたえて人々を見下ろす。
 …楽しみなことだ、と思う。
 だが一方で、それならばこの目の前の、少年期特有の細く甘い体つきは、今しか触れえぬ稀少。
 この目に、指に、記憶に貴方を刻みつけ、貴方のすべての時を、俺が覚えていて差し上げたい。

 余すことなくその身を知るため、手で触れたところを何度もなぞる。
 頭の頂から足のつま先まで、初めは指先でたどり、掌で撫でる。
 次に口付けを繰り返すように点々と唇で吸い付き、それを線で繋ぐように舌で舐める。
 そして最後はじっくりと視線を這わせてゆく。
 若い肢体の、瑞々しい色香を目に焼き付けるよう、上から下へ端から中心へと時間をかけて眺める。
 額の和毛の一本一本まで見分けるように目を凝らし、眉を梳かしつけるように視線を左右に振り、その下の吸い込まれそうな碧に微笑みかけると、まっすぐに俺を見てくださるから、しばらくそのまま見詰め合った。
 絡み合う視線が甘い結合の艶音を発している錯覚をおぼえる。
 俺が僅かに目を細めたのを見て彼の頬が再び羞恥に染まり、きゅ、と瞳を閉じてしまわれた。
 その薄紅色の瞼が細かに震えているのをうっとりとした気分で見つめてから、俺はゆるゆると視点を下の方へ下げていった。
 ぴんと張った鎖骨のすがすがしい稜線を、気恥ずかしげに自己を主張する両胸の果実を、形良く穿たれた臍の窪みを、その映像をしっかと目の奥に送り込んで、一度目を閉じ、脳裏に焼き付ける。
 そして、顎を引き、顔をその部分に向けて、ひとつ大きく息をついた後、おそるおそる目蓋を開けた。
 ひらいた両の目に映ったのは、白い丘にあつらえられた官能の祭壇。

 頭髪よりも一層色素の薄い下生えは、より緋色味が目立ち、ゆらゆらと火が燃え盛っているように見えた。
 そしてその中心でそそり立つ柱もまた、周りで揺らめく炎に焼かれたように、真赤い。

 そっと指先で先端に触れてみれば、案の定ひどく熱く、じっとりと先走りの露を滲ませていた。
 触れられるたび、ぴく、と揺れ動く様は小動物のように愛らしく、ゆったりと撫でてやる。
 「ぅう…」
 孫権様は、物足りないとでも言いたげに、眉をひそめて腰をよじった。
 そのくせ握りこんで一度摩り下ろしただけで声にならない悲鳴を上げて身体を突っ張る。
 あまりに初々しい反応は、触れられることに慣れておらぬからか。他人に、は当然だろうが、ご自分でもまともに弄ったことがないのではと思わせる。自慰の経験がまったくないわけではなかろうが、刺激の仕方をまだご存じないのだろう。
 ならば。
 脇に身体をずらし、孫権様を抱き上げる。俺に背をもたれかからせるように膝のあいだに座っていただき、背後から腕を回した。
 首元にふわふわとした髪が触れて甘くこそばゆい。
 ちょうどつむじのところで両手の中指が触れ合う形で彼の頭に手を添え、ゆっくりと撫で下ろしてゆく。薄い耳が指の隙間を通り過ぎる、その瞬間に耳たぶに僅かに爪を立てて軽く引っ張り、耳裏から続くえらの張った輪郭を親指で確かめ、鎖骨の終点がぷくりと飛び出た肩を掌で包み、指先を腋に差し入れてくすぐるようにしながら二の腕をたどり、ひじの裏側を指圧して余計な力を抜かせ、皮膚の薄い手首に脈拍を感じて、その手を採った。
 そしてそのまま彼の中心に手を導く。
 「…なっ、何を……」
 戸惑うように振り向いた顔は、しかしその瞬間、自らの手が触れたことにさえ感じてしまった羞恥に赤く燃え上がった。
 まだ小さな手を外側から包み込むようにして、自身の雄を握っていただく。
 「ひゃ、……っ」
 人差し指を裏筋に添え、親指の腹で、あふれる露を先端部分全体に塗りこむようにしながら、残りの三本の指で根元を掴んで柔らかな包皮ごと上に擦り上げる。
 一度頭がすっぽり皮のうちに隠れてしまうまで上にきたら、少し握力を加えて擦り下ろす。
 きゅう、と内腿に力が入ったのがわかった。
 はじめはゆっくりと、だんだんと勢いと握る強さを増しながら扱きあげる。
 「あっ、あっ、あんっ」
 腰が微細に揺れだす。密着した体から、彼の肩、腕、手の筋肉が自ら動き始めたのが伝わってくる。
 …そう、それでよろしいのですよ。
 頭を垂れて、淡く熱を帯びたこめかみに口付ける。
 この先、貴方がご自身を慰められるとき、今はもう添えるだけになっている俺の手を、この動きを思い出してくださるのなら、それはどれほどの光栄であることだろう。
 唇をこめかみから頬へと滑らせ、ちゅ、と吸い付く。
 眉を切なげに寄せながらもうっとりと蕩けた瞳で定まらぬ視線を空に投げている貴方の、下腹の筋肉に緊張が走ったのを感じて、解放の隙を与えず俺の指できつく付け根を握り締めた。
 発達途上の体は、自ら堪える力など育ってはおらず、根元のほうがどくりと跳ねたのがわかる。
 「―――――っっっぐっぅぅ!!」
 苦しげに暴れる体を全身で包むようにして押さえつけながら、得物を絞る力を緩めることはしない。
 ほんの少しだけ、ぷくりと露が先端に浮かんで玉を作った。淡く輝く白濁は、まるで真珠のようだ。
 「っふ、っぅぅ」
 少しずつ腕の中の体が力を抜いてゆく。こみ上げたものが奥底へと戻っていったのだろう。代わりにじわりと疼きが再びその部分を占領してきているはずだ。ぴんと張り詰めたままの姿に、更なる快楽を与えることを誓ってからそっと手を離した。

 ただ一人と定めた仕えるべき主、貴き貴方に、俺が捧げられるものなど大してありはしない。
 この武と、この命と、この忠と。
 貴方にとって少しでも意味があるものならば、なんだって差し出せる。
 そしてこの心とこの体とこの熱と。
 俺の全てでもって、貴方を高みに導いて差し上げたい。

 荒く息つく孫権様を横たえ、俺はその上に屈み込んで、焦れる様に頭を揺らす花芯に口付けた。
 「あぁぅっ…っ」
 舌全体で包むように舐めあげると、初めて知る感触に貴方がおののく。
 先端をぐるりと嘗め回し、口内に含んでごく軽く吸い込んでみる。
 先ほどすでに極まりかけていたそこは、ぴくぴくと揺れ動いて今にも弾けてしまいそうで、これ以上の引き延ばしは、さすがに幼い体に酷だろうとは思ったが。
 …まだだ。
 この程度では、まだ足りぬ。
 王として生きることが決められている貴方、どうせいつか飽きるほど女を抱くことになるのだろう。
 だから俺は、それとは違った、そしてそれ以上の快楽を差し上げたいのだ。
 あと、もう、少しだけ、お待ちください。
 ここまではまだ、将来、女どもから与えられるだろう快楽と同じだが。
 そろりと後ろへ指を滑らす。袋の裏側をなぞり、ひそやかな小径の中央、蟻の門渡りを通って、小さな膨らみの群れが円を描いて守る洞穴に触れた。
 「っえ…っ?!」
 俺がいなければ、おそらく一生人に触れられることなどなかったであろう秘められた場所。
 足の付け根を伝って流れてきた露を塗りこむようになでてゆく。
 前下肢への、柔布をはさんだように刺激を抑えた咥内での愛撫と同調させて、入り口の薄い皮膚をゆるゆるとくすぐる。
 ひだに沿わせるだけの浅さで爪の先を押し当て、軽く引っかいてみる。
 「くぅん……ゃ、あ、な…に…」
 未知の感触を、どう捉えたらいいのかと戸惑う孫権様の動揺が、震える声に溶けて、いっそう甘く響いた。
 誘うように絶え間なくひくつく貴方の内部を、早く暴いてやりたくはあるのだけれど。
 少しの痛みも感じさせぬうちに、教えて差し上げたいのだ。
 この感覚は、貴方にとって快感なのだと。

 抑制していた舌の動きの戒めを解き、存分に絡めて吸い上げる。
 唇でびっちりと圧迫を加えながら往復させるのと同時に、指先だけを後孔にもぐりこませる。
 「っぁああ――――――っ!!」
 絶頂に孫権様の意識が埋め尽くされて何もわからなくなる瞬間、そしてぎゅうと内部が締まる直前にその準備のため一瞬だけ弛緩した瞬間を逃さず、ずっ、と奥まで指を突き入れた。
 吐精の快感と絡め合わせることで、内部への刺激による彼にとってまったく馴染みないであろう感覚を、違和感なく一気に快感へと転換させたいのだ。
 腰を何度も痙攣させて孫権様が精を吐き出すのを手伝うように、俺の咥内で大きく揺れ動く芯を舌をたわめて扱きあげる。それと同時に、彼の体内にある指先に触れていたしこりを、ぐっと押しまわした。
 「っっっ!!」

 狭く蠢く鍵穴に、形に合わせるように指を折り曲げぐるりと回して、
 官能の扉をひらいて差し上げる。
 開け放たれたその奥に隠された秘密の感覚が、激流のようにあふれ出て、もうとめられはしない。

 その躯で覚えてください。
 これを、快楽というのですよ。

 「…嘘…だろう……なんで、っ、こんな……おさまら、ぬ……っ」
 指を引き抜いて身を起こし見下ろせば、全身を真っ赤に染め上げ、息も絶え絶えに訴えてくる貴方。
 達し終わるその瞬間に、最奥の火種に着火したため萎える暇なく昂ったでしょう。
 解放と再発が混じりあい、どう感じていいかわからぬまま、腰全体が甘い震えに包まれて、
 今はもう、後ろがうずいてきているはずだ。

 知ってください。
 そこから生まれくる、この上なき快感を。

 孫権様の背に手をまわして抱き上げ、碧く滲む瞳からはらはらと零される涙を吸い込むように目尻に口付ける。
 すると、きっ、と睨み付けられた。
 怒りをはらんでいるのは昼間と同じだったが、そこには不安ではなく、甘い熱が揺らめいていた。
 「幼、平…!…お前……っ…だって、鎮めろ、と、言っただろう……!」
 孫権様は俺の胸元に爪を立てようとされたが、力の入らなくなっている手は細かく震えながらずるりと下にすべっていった。
 手が降りた先で俺の腰帯に触れ、きゅ、と掴まれる。
 そのままするりと引かれた。
 鎧は外していたもののずっと着たままだった衣の前がはだけて晒しだされた俺の胸の肌に、直接孫権様の頬が寄せられる。
 「…お前に…鎮めて欲しい、と……」
 温かな、とも、締め付けられるような、とも、そのどちらともいえる想いが込み上げてきてたまらなくなる。
 …無論、このまま終わりにするつもりなどもとよりありませぬ。
 唇を重ね、溶けるように絡め合わせてから、体を離して、牀台の外で着物を脱いだ。
 衣を全て床に落とし、振り向けば、どこか夢のうちにあるように蕩けた目でこちらを見る貴方の姿。
 「幼平……」
 頼りなげにこちらに差し出される腕と、細く甘い声に導かれるまま、そのもとに戻ろうとした。

 

 だがそのとき、この部屋を包む甘美な空気とは異質な、無粋な音が扉の外から聞こえてきた。

 「王サマの部屋はここか!……っと!!」
 どん、と大きな音を立てて扉を蹴破り入ってきた賊は、室内に人影があるのを見とめるや、何のためらいもなく斬りかかってきた。
 「お伏せを…!」
 すくんで身動きの取れない孫権様の上に、飛び込むようにして覆いかぶさると、背にざくりと衝撃が走った。
 そんなものは気にせずそのまま孫権様を抱き締めて褥の上を転がり、牀台から降りて態勢を整える。
 この部屋に続く通路の先に衛兵も、巡回の警備兵もいたはずだがあえなくやられたのだろう。この賊どもの動きは的確ですばやかった。
 山越、か。
 近くの山岳地帯を根城とする賊の存在を聞いたことがある。統率のとれた大集団で、この城を襲う機を窺っていたのだろう。
 とすれば、部屋の外は惨憺たる有様だろう。救援は来ないものと思うべきだ。
 奥まったこの部屋に、窓はない。そして君主の寝所ゆえ、外の音が聞こえにくく出来ていたのか。
 気付くのが遅れたことを、だが後悔している暇はない。
 腕の中で恐怖に固まる体を夜着で包み、額にそっと口付ける。
 …大丈夫。貴方にだけは、決して傷などつけさせはしない。
 敵と孫権様のあいだに常に自分の体があるように何度も向きを変えて、向かってくる敵の腹に踵を食らわす。
 傾いだ体から剣を奪い、一人ずつ屠ってゆく。
 今の向きにして俺の目の前、孫権様の背後の敵を一掃したことを確認して、そちらに数歩進んでから振り向き、孫権様を後ろ手に抱いて背後にかばう。
 これで、囲いを横から前方のみに限定することができた。いくら城主の部屋とはいえ、寝室にそこまでの広さはなく、すぐ傍に牀台があるため、同士討ちをせずに一度に向かってこれる人数は3、4人程度だろう。それならば、十分対応できる。
 攻撃を仕掛けてくる順に、一人、また一人と斬り捨てる。
 ただ、立ち位置を変えぬままの身のこなしには限界があった。それに自分の体より後ろに敵刃を行かせるわけにはいかない。致命的なもの以外の攻撃は避けずに受けることになった。
 刀を振るう腕の肉が裂かれ、ぷつぷつと筋肉が切れていくのがわかる。
 戦場ではいつもそうであるように、全身の感覚が研ぎ澄まされているのだ。
 敵の動く気配を感じ、視界の端の揺らぎも見逃さず、攻撃の機会を捉え、剣技を制御しながらも、
 同時に背の、かたかたと震えながらそれでもしっかとしがみつく体を意識する。
 「………幼平…」
 音になるかならないか、というところのごく小さな声も、聞き逃すことはない。
 この状況では仕方がなかったが、ばくりと傷口の開いたであろう己の背に孫権様を寄せてしまうのは申し訳なかった。敵の返り血と俺の血で汚してしまう。それに、孫権様は、俺の傷を見て泣いてくださっておられる。しがみつく力が強まり、暖かな涙が背を伝うのがわかった。

 淡い吐息。

 おそらく最初に受けたものであろう一番大きな傷を塞ごうとするようにあてられる小さな手のひらの熱。

 その脇の傷に這わされる濡れた舌のぞわりとした痛み。

 

 …あぁ

 そのようなことをされては、声を上げそうになるではないですか…

 

 向かってくる敵の粗野な殺気と、
 己の心臓の躍動と、
 部屋を包む無数の荒い息遣い、
 やさしい貴方の唇の柔らかさ、
 涙に濡れた睫毛のひそやかな愛撫に、
 腕や肩に受ける刃傷の感触が溶け合って…

 これは、なんという恍惚か。

 貴方の為に付く傷は、苦痛よりむしろ甘やかな悦びをもたらしてゆく。
 おびえた顔の貴方を抱き。
 また、二度、三度。
 一太刀ごとに傷から焼けつく快感が走る。

 

 …射精してしまいそうだ―――――

 

 全身に帯びた傷口から溢れ出た己の血が、体の中心を赤く染めてゆく。
 なまあたたかな液体が局部を流れ落ちるその感触に、ぞくぞくするほどの快感を覚えた。

 その、滾る腹の奥の熱を込めて声を押し出し、言葉を紡ぐ。
 「…触れさせん…」
 貴様らなどに、この方に触れさせてやるものか。
 俺がかつてこの手に抱いた中で、唯一、価値あるもの。
 いずれ天を戴き天下を足元に置くことのできるだろう唯ひとりの高貴。
 貴方のために、俺はこの命を投げ出すことにひとかけらの躊躇いも無い。

 刃を受けとめ、笑みさえ浮かべているだろう俺に動揺したのであろう賊どもがじり、と半歩引いたその隙を逃さない。
 一薙ぎして、眼前の敵を斬り散らす。
 背に寄せていた孫権様を胸に抱え直し、前に出来た空間を一気に走り抜けた。
 火に包まれた回廊を過ぎ、中庭を横切り、扉を抜けて城門へと向かう。
 逃げることに集中するため、前に立つ者のみを斬り、他は無視する。脇を掠める刃など、今更気にするまでもない。
 どこもかしこも敵で溢れていたが、腕に抱いた至高の光を、奪わせないことだけが今の望みだ。
 肉が裂かれ、矢が突き刺さっても、それが貴方に当たらなかったことが嬉しくてたまらない。
 走る足が地面を蹴るたび、血がどんどん流れ出しているのだろう。体温が失われゆく体を自覚する。
 馬を見つけ孫権様を乗せて自分も後ろに乗った後は、ただひたすらに退路を目指した。
 命が少しずつ刻まれて、ばらばらと零れ落ちてゆくように感じる。
 それと引き換えにたどり着いた避難の地。
 その丘の上で、ぐらりと己の体が馬の背から落ちて地面につくまでの一瞬の間に、俺は、幸福とはこれを言うのか、と思った。

 

 貴方の為の命の終わり、あるいはそれは目眩めく絶頂に果てる時に似ていた。

 

 

 

 

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