※死にネタにつき注意
「殿……周将軍が……!!」
戦に一段落がつき、陣をたたんで出城に引き上げていたときだった。
            先鋒部隊に先駆けて戻ってきた伝令が告げた一言で、周囲が音を無くした。
「…殿……あの、」
大丈夫ですか、と側近が声をかけようとした次の瞬間、
            凛とした硬質の声が響き渡った。
「 … 誰も、悲しんではならぬ!!
               この戦、何人もの将兵が散っていった…
               彼らのためにも、その功績をたたえ、この勝利を喜ぶのだ!
   宴の準備をせよ!
               孫呉の酒は陽気なもの、
               誰ひとり、悲しむことは許さん!! 」
自らの剣を高く翳して叫ぶ孫権に、一瞬うたれたような静寂ののち、怒涛のように歓声が沸き起こった。
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その夜、催された酒宴。
『誰よりも殿が悲しんでおられように…』
            『あの強いご意志、これでまた兵の士気が上がりましたぞ。』
            『さすが虎の血を引く君主の器、いや感服いたした。孫呉も安泰ですな。』
…しかし、宴の途中で孫権の姿が見えなくなったことを、気にとめるものはいなかった。
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「…幼平…」
小さな一室に運び込まれた彼のなきがらは、
            命じたとおりなるべく手を付けないままにおかれていたため、泥と血にまみれていた。
冷たくなった、愛しい男の手を握る。
            この手が私を抱き、私を護り、私のために刀を振るっていたのだ。
「ああ……」
たまらずその胸にすがりつき、涙をこぼす。
            だが、おまえのために泣くのは私だけでいい。
…そうだ、誰も悲しませてなるものか。
おまえを喪う痛みさえ、おまえがもたらすものは、すべて私が独占するのだから。
近くにいた兵によれば。
            すでに何本もの矢を受け、敵刃が心臓を貫いて。こと切れるその瞬間、
            体がぐるりと回転して、傍にあった馬の上に倒れこんだのだという。
            そのまま、馬は彼を乗せ、本陣まで戻ってきた。
「…最期まで、律儀な男だ」
奮威将軍・周幼平。
            彼ほどの将ならば、討ち取られたら確実に、首を、とられていたはずだった。
顔をそっとなでてみる。
            私に全てを捧ぐと言った男のまなざしを思い出す。
            …ちゃんと、私のもとに帰ってきたのだな、と思う。
ふふ、と薄く微笑って、左頬に唇を寄せ、縦に走る古傷に舌を這わせる。
            いままで、幾度そうしたことだろう。獣のようだと笑われたこともあった。
ああ、いっそ本当に虎となってしまえたら。
            どうせ、人の心などもう要らぬのだ。
この手に爪を生やし、引き裂いて。
するどい牙で喰らい尽くす。
その肌を、肉を、髪を、眼を。
 
 
骨の一片も残さずに。
 
 
すべて、わたしのものに。