※死にネタにつき注意

 

「殿……周将軍が……!!」

 

戦に一段落がつき、陣をたたんで出城に引き上げていたときだった。
先鋒部隊に先駆けて戻ってきた伝令が告げた一言で、周囲が音を無くした。

 

「…殿……あの、」

大丈夫ですか、と側近が声をかけようとした次の瞬間、
凛とした硬質の声が響き渡った。

 

 

「 … 誰も、悲しんではならぬ!!
   この戦、何人もの将兵が散っていった…
   彼らのためにも、その功績をたたえ、この勝利を喜ぶのだ!

   宴の準備をせよ!
   孫呉の酒は陽気なもの、
   誰ひとり、悲しむことは許さん!! 」

 

 

自らの剣を高く翳して叫ぶ孫権に、一瞬うたれたような静寂ののち、怒涛のように歓声が沸き起こった。

 

 ****

 

その夜、催された酒宴。

『誰よりも殿が悲しんでおられように…』
『あの強いご意志、これでまた兵の士気が上がりましたぞ。』
『さすが虎の血を引く君主の器、いや感服いたした。孫呉も安泰ですな。』

…しかし、宴の途中で孫権の姿が見えなくなったことを、気にとめるものはいなかった。

 

 ****

 

「…幼平…」

小さな一室に運び込まれた彼のなきがらは、
命じたとおりなるべく手を付けないままにおかれていたため、泥と血にまみれていた。

冷たくなった、愛しい男の手を握る。
この手が私を抱き、私を護り、私のために刀を振るっていたのだ。

「ああ……」

たまらずその胸にすがりつき、涙をこぼす。
だが、おまえのために泣くのは私だけでいい。

 

…そうだ、誰も悲しませてなるものか。

おまえを喪う痛みさえ、おまえがもたらすものは、すべて私が独占するのだから。

 

近くにいた兵によれば。
すでに何本もの矢を受け、敵刃が心臓を貫いて。こと切れるその瞬間、
体がぐるりと回転して、傍にあった馬の上に倒れこんだのだという。
そのまま、馬は彼を乗せ、本陣まで戻ってきた。

「…最期まで、律儀な男だ」

奮威将軍・周幼平。
彼ほどの将ならば、討ち取られたら確実に、首を、とられていたはずだった。

顔をそっとなでてみる。
私に全てを捧ぐと言った男のまなざしを思い出す。
…ちゃんと、私のもとに帰ってきたのだな、と思う。

ふふ、と薄く微笑って、左頬に唇を寄せ、縦に走る古傷に舌を這わせる。
いままで、幾度そうしたことだろう。獣のようだと笑われたこともあった。

 

ああ、いっそ本当に虎となってしまえたら。
どうせ、人の心などもう要らぬのだ。

 

この手に爪を生やし、引き裂いて。

するどい牙で喰らい尽くす。

その肌を、肉を、髪を、眼を。

 
 

骨の一片も残さずに。

 

 
 

すべて、わたしのものに。

 

 

 

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