俺以外見るんじゃねぇ

ふと自分が来た方向、中庭を隔てた回廊を見ると、文官と話している親友が目に映った。
今度の戦についてだろうか、それとも内政についてだろうか、何か質問を繰り返す文官に、はきはきと答えるその一挙手一投足までが優美だ。
何事に対しても取り乱すことなく、涼やかな表情と流麗な言葉で切り返す彼が、その実、内に炎のような激情を秘めていることを知る者は少ない。
いや、冷たい印象ではないから、情熱を持った人間だと思っている者は多いだろう。しかし、それをまったく飾らずに見せるのは、自分に対してだけだ。
幼い頃から人並みはずれて利発だった。大人顔負けに理を語る彼は、自分がどう見えるかも全てわかって行動しているところがあった。
美周郎ともてはやされるほどの容貌で、彼を見た女の、いや男も含めて誰もが憧れ、それに朗らかに受け応えしてみせながらも、心のどこかで人と距離を置くようなところがあった。
その彼が、多分、初めて本気で殴りあったのも、初めて形振り構わず泣いたのも、自分の前でだった。
だから彼が自分のものであることを、疑ったことはない。
何も言わずともわかってくれる。振り向かずとも、ついてきてくれる。間違ったことは断固として諫め、けれど苦境には全身全霊で味方になってくれる。
親友、義兄弟、腹心、恋人…どれもが当たっているようで、完全には言い表せていない、唯一無二の存在。
彼が情熱を燃やすのは、自分が作る天下に向けてだけでいいと思う。
彼が激昂するのは、自分に対してか、あるいは自分の敵に対してだけでいいと思う。
彼が本当の笑顔を見せるのは、自分の前だけでいいと思う。
彼を泣かせられるのも、自分だけでいいと思う。
美人だ美形だ、っていうけれど、あいつの一番綺麗な顔を、お前ら全員誰も知らないんだぜ。

「孫策」

珍しくぼんやりと考え事をしていたら、いつの間にかすぐ後ろに当の本人が立っていた。
「すぐ執務から逃げようとするのは君の悪い癖だぞ、おかげで本来君が言うべきことまで皆私に聞いてくるではないか。」
「わっりぃ」
「まったく、君ときたら少し目を離すとすぐどこかへ行ってしまうのだからな。」

…ははっ、だーろぉ?

だからさ、
 

俺以外、見るんじゃねえよ。周瑜。
 

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