元の体と同じように、大きく逞しい体躯を持つ青年となった魚は、王子が向かった呉の地へと急ぎました。
しかし見知らぬ地上の世界、しかも話すことができないため道を聞くにも苦労が生じ、随分と手間取りながら、それでも少しずつ建業の都へと向かいました。
ところが、折りしも時は乱世、ある日、戦場に紛れ込んでしまいました。
(……あれは……!)
そこに、今にも討たれそうなほど多くの兵に襲われている王子の姿を見とめた魚は、近くに落ちていた剣を拾うと、駆け出しました。
王子を取り囲んだ敵兵を斬り散らし、王子の前に飛び込むと、
「おまえは…?」
突然のことに驚いて王子が言いましたが、魚には答えることができません。かわりに、剣を構え、王子を庇うように前に立ちました。
「!…すまないな!」
自軍の兵の一人とでも思ったのでしょう。王子は礼を言うと、自らの剣を構えなおし、その背を魚に預けました。
ほどなくして、危機を脱すると、王子は魚を伴って本陣へと帰還しました。
そして、そこにいた大将らしい青年に、言いました。
「…兄上、この者を私の軍に加えることをどうかお許しください」
「ん?そんな奴いたっけか?まぁいいや、おまえ、名は?」
「…………」
「私も何度かたずねてみたのですが…どうやら、口がきけぬようなのです。もともと私の軍の者でもないようですし…ですが、この者は先ほど私を救ってくれたのです。強く、信頼の置ける者と私は思います。」
「まあ…確かにいい目をしてるしな。権がそこまで言うんだから、俺は信じるぜ。よし!お前、喋れないんじゃ兵の指揮は無理だろうから、権の護衛になれ!それなら話せなくたってできんだろ?」
「ありがとうございます、兄上!」
こうして魚は、王子の護衛として、傍にいられるようになったのです。
「…しかし、名もわからぬというのでは、なんて呼んだらよいのか、不便だな。…そうだな…お前はとても静かで、穏やかな瞳をしている。この国の平和をもたらし、護ってくれるようだ。
…だから、泰、だ。天下泰平の、泰、それが今日からおまえの名だ。」
微笑みながら見上げて言う王子に、泰と名づけられた魚は、深く頷きました。
川にいたときと同じく、他人より大きな体と、黒ずくめの服、王子を水中から助けるときに負い左目の上に残った傷跡などで、ここまでくる道中怖がられてばかりだった魚に、なのにやはりあの時と同じく、「穏やかだ」と言ってくれる王子。人に姿を変え、会いに来たのは間違いではなかった、と魚は思いました。
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