その夜、突然の嵐が王子らの乗る船を襲いました。
叩きつけるような雨と突風の中、甲板を覆うほどの波にさらわれ、王子は川へ落ちてしまいました。
昼間見た、いつも見上げていた空のような王子の瞳が忘れられず、ひそかに船の後を追っていた魚は、水中で気を失った王子を背に乗せ、岸辺へと運びました。
激しい流れの中で、船の破片が魚の目や腹や尾にあたり、鱗がはがれて傷から血が流れましたが、なんとしても王子を助けたくて魚は必死で泳ぎました。
水流をかき分け、ようやく岸にたどり着いたところは随分と下流に来ていましたが、そのころにはもう嵐も収まっていました。
「うう…」
かすかに身じろぐ王子は、無事生きているようでしたが、陸に上がれない魚にはそれ以上何もできません。
それに、王子は「守り神」と言ってくれていましたが、大きな魚の姿に驚いて、荷を落としたり、川に落ちて溺れる者も確かにいたのです。
自分のこの醜い姿を見たら、王子も恐怖を覚えるのではないか…
そう思っていると、上のほうから声が聞こえました。
「あら、あれは…!」
岸辺に人が近づいてくる気配を確認して、そっと魚はその場を離れました。
水底へと帰った魚は、近くに住む、不思議な力を持つなまずに相談しました。
「……人間に…なれぬか……」
水の中、間近で見た王子ははじめ見て思っていたよりもさらに美しく、どうしても、あのひとのそばに行きたいと思うようになったのです。
「できないことはありません。」
なまずは、なにやら輝く玉を差し出して言いました。
「これをお飲みなさい。…ただし、声は出せませんよ。」
それでもいい、と魚は玉を受け取りました。ずっとひとりで川底に生きてきた魚は、もともと語る言葉などさほど知らないのです。
川を下り、長江に出たところで岸辺に近寄り、玉を飲み込んだ魚は、確かに人の姿となりました。
(……あの方を…探さねば……)
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