はるか昔、長江の支流の、ある川に、大きな黒い魚がおりました。


川底深くにひっそりと住み、ときおり水面近くに浮かんでは空を眺める毎日でしたが、ある日、何艘かの船が通りかかりました。

その船に乗っていたのは下流域にある呉の国の王子。名を、孫権といいました。


「孫権様、そのように身を乗り出してはあぶないですよ。この辺りには、恐ろしい怪魚がいるというのです。」

「なに、怪魚と?」

「ええ。なんでも身の丈何十尺もある漆黒の体をし、船を襲って荷を奪ったり、人を喰らうらしいと。」

「…ふむ。…だがそれは、そうした悪いものではなく、川のぬしなのではないだろうか。だってこの川はどこまでも穏やかではないか。

きっとそれは、この川とこの地を護ってくれる、守り神だよ。」




そう言って笑う王子に、魚は、恋をしてしまったのです。





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