ふと、彼が顔を上げた。
つられて、まっすぐにその顔を見つめてしまう。
…あぁ
揺れる瞳、切なげに顰められた眉、上気した頬、濡れた唇、
どうしてそんな、
わかっているのに。
彼は、この少年は、そんなつもりなど毛頭ない。
わかって、いるのに。
「おまえは、わたしを、望むか?」
すがるような言葉に誘われて、
「………はい」
その瞬間。
「よかったぁ…」
破顔。
本当に無邪気な、子供らしい、満面の笑みをこぼしたものだから。
思わずひざまずき抱きしめた。
混乱する。
何故…わからない。断って欲しかったはずだ。屈辱と恐怖に耐え、無理して言っていたはずだ。
なにかを思い違えているのか?しかし、聞き間違うような言葉ではない。
「わたしなど、要らぬと言われるかとおもった。」
…それで、あのように不安な様子をしていたというのか。
このひとは、いつも、自らへの評価を過小にしている。期待に応えねばと、無理して、気を張り詰めて、
そして自分に絶望している。そんな、必要などないのに。
もっと、年相応に、爛漫に、生きていいのだと思う。先ほどのような無邪気な笑顔で。
そこまで考えて、だが、いたたまれない気持ちになる。それなのに、俺は、このひとを、
「幼平。」
腕の中でもぞりと動いて、彼がこちらを見上げてきた。跪いても、まだ彼のほうが背が低いのだ。
「おまえに、望まれたかったんだ。」
澄んだ碧眼が胸を突く。
「…おまえに。だって、わたしは、誰よりおまえが好き―――――」
もはやそれ以上聞いていられなかった。頭をひきよせ、その唇を己の唇でふさいだ。
淡雪のように、触れたところから融けて消えそうなほど、頼りなく柔らかな感触。
口の端から端まですっかりおおってしまえるほど、小さな唇の、上下両方をまとめてくわえ込み、
はさみ、押し揉みほぐすようにしながら合わせ目を舌でやわやわと舐めなぞった。
強く吸ったら壊してしまいそうで採った方法だったが、こうしていれば、吐息一つも逃がさずに味わえる。
湿った鼻息の方は、さっきから俺の上唇のへりをくすぐり、しびれるような甘さを伝えている。
彼の口をすっぽりと包み込んだ自分の唇がわずかに押し上げられるのを感じて、
その隙を逃さず、舌を忍び込ませた。
狭い。
俺の舌で咥内がいっぱいになってしまったようで、彼が
くっと喉をつまらせて呻く。
少し引いて空気を送りながら、戸惑い身を潜めている小さな舌を捕らえた。
ふるふると震えている小動物のようなそれを、抱き上げ撫でてやるように、己の舌を絡めた。
ぴちゃりぴちゃりという音が耳から快感を伝える。
一瞬だけ吸って、そっと柔らかく歯を立て、そして離れた。
「…は…ぁ…」
肩で息をしながら崩れ落ちそうになる彼を、腰を抱きこむことで支えた。
しがみつく細い腕が心地よい。脚ががくがくと震えているのが密着した自分の脚から伝わってきて、下腹に甘く響いた。
けれどそこで、いけない、と思った。
俺は何をしてしまったのだろう。
自らの主に。どこまでも澄んだこの少年に。
体を離し、詫びようとするより早く、彼がたどたどしい声で言う。
「幼平…わたしを、食べるの…?」
身を、あげるってそういうことなのか?との問いに、どう答えていいかわからない。
「申し訳…」
「ううん。いいんだ。」
とろりと蕩ける様な表情。
「今、みたいな感じなら、痛くない、の、なら…大丈夫。それに、おまえだから、怖くない。」
そして。
「わたしを、おまえのものに、してくれ。」
その言葉は、なにもわかっていない幼な子の戯言。
やさしいあなたの、ただ人の望みを叶えようとするこころ。
わかっている。
全ては俺ひとりの咎。このひとは何も悪くない。
それでも、どうしても思ってしまう。
己の中の獣を、幾重にも戒め縛っているのに、そのたびに、あなたはそれを容易くほどいてしまうのだ。
何度も。そう、何度も踏みとどまろうとしたのに。
胸を掻き毟られるような想いに耐え、抑えつけてきたのに。
そのたびに。
甘美な誘惑がすべてをふいにする。
もうこれ以上は。
「……孫権様……」
たまらず名を呼ぶと、そのひとは嬉しそうに目を閉じた。