確かに、目の前の孫権のみならば、こんな軽装の兵士どもを斬り、救い出すのは周泰にとっては容易いことだろう。そのことは孫権が一番よく知っている。
 だが、今や孫呉はもはやちょっとしたきっかけですら残った者全員が処分されかねない状況にまで陥っていた。反抗し、今はこの場にいないこいつらの仲間が都合のいい部分だけを適当に妲己らに報告すれば、捕らわれている孫堅らはいとも簡単に殺されてしまう。
 そのことがわかったのだろう、周泰はすぐに手を下ろし、ただ眼だけは鬼どもを斬り裂くように燃えている。
「そうそう、ご主人様は邪魔されたくないってよ、ひゃーはっは」
 …やめろ、そんな事を言うな。
 まさかこんな奴らの言を周泰が信じるとは思わないが、彼の耳にそんな言葉を入れないでくれ。
「でも、見られてる方がイイのかもしれねえな。ほらよ!」
 調子に乗った男が、さらに卑しい言葉を重ねながら周泰に見せつけるように体を動かす。
 やめろ、腰を振るな。そんなものを見せるんじゃない。
「くふっ」
 男が出て行く時に、引き抜かれる痛みに声が避けようもなく出てしまう。そこに甘さなど欠片も入っているはずがないが、周泰の耳にはどのように聞こえているのだろう。
 腰から手を離され、支えを失った体がどさりと前のめりに崩れ落ちる。顔を上げられずに、孫権は蹲ったまま床を見つめることしかできなかった。ぱたり、ぱたりと透明な滴が目からこぼれて敷布と床板に染み込んでいく。
「残念だったなあ。てめえの主君がこんな淫売だったとはよ。昼は威張り散らしてるくせに、毎晩俺らのところで腰を振ってやがるなんざ、恥知らずもいいとこだよなあ。」
「……黙れ……」
 地を這うような周泰の低い声が、わずかに震えている。珍しいことだった。それが、どれほど彼の内を怒りが満たしているかを表していた。
 当然のことだ。主を愚弄されて憤るのは、臣下の務めであるだけでなく権利だ。忠節を誓った相手を貶められれば、すなわちそれはそんなものに仕えている自分自身への侮辱ともなる。
 だから、孫権は心底申し訳無いと思った。周泰の、限りない忠義をこのような形で裏切ってしまうとは。


次頁 前頁

頁一覧