その祈りが通じたのか否か、その後、関ヶ原の戦いで尚香と稲姫が、そして一度戻ってきてしまった時はその優しい心遣いへの感謝と続く危機への恐怖にどうしようかと思ったが、無事姉川の戦いで大喬が孫策軍に降るまで、孫権は毎夜ひと時も気を抜く事ができなかった。
そして、三人がいなくなった時にはすでに孫権の軍は敗戦を重ね、孫呉、そして人質の命を取り巻く状況はより悪化していた。
それに、もう、疲れてしまったのだ。
呼び出され、自ら凌辱者の下に足を運ばねばならない屈辱も、城内もさることながら戦地の陣内で家臣たちが休む幕舎の脇を忍び歩く時のどうしようもない罪悪感も、一つ、決してその前を通るまいとそれだけは頑なに避けてきた部屋の明かりが遠く眼の端に映ってしまった時の泣きだしたいような絶望も、少したりとも薄れることはなかったけれど。
いつかは終わりが来る。
だがそれは、孫策軍が遠呂智勢を打ち倒すか、あるいは孫権が孫策軍との戦いに果てるかした時だろうと、だからまさかこんな形でとは思っていなかった、のに。
「やべ、見つかっちまったか。」
さして悪びれた風もない男の声に、孫権は一瞬の回想から意識を引き戻された。
目を上げれば、見紛うはずもない、黒い長身の姿がある。
…幻で、あってほしかった。
「えーっと、あんた確か、こいつの護衛だったけな。へへへ、どうだ、そんなとこに突っ立ってないであんたも混ざるかよ。」
信じられないほど下劣な内容を投げる男の言葉に愕然とする。
「……ふざけるな……」
周泰の顔はいつも通りそう大きく動いてはいなかったが、しかしはっきりと憤怒の表情を見て取れた。
「おっと、余計なマネはすんなよ。こっちには人質がいるんだからな。」
「…………」
男どもは余裕の態度を崩さない。意識か無意識か、そろりと周泰の手が腰の得物に伸びたのを見て、慌てて孫権は声を上げた。
「駄目だ、周泰」