その夜、呉郡に置いてきた部隊が合流するまで夏口に数日留まることとなった孫権にあてがわれた客間を、遠呂智軍の兵が訪れた。
「おい、命令だ。来い。」
こんな夜半に、とは思ったが、あるいは兄の足取りが掴めたのかもしれない。そう考えた孫権が何も言わず部屋を出ると、扉の外に控えていた兵士が後ろに従った。いつもの、護衛ではない。この兵が見張っているのは、外からの賊ではなく中にいた自分なのだ。
…まるで罪人のようだな、と思って、いや、そうなのか、と思いなおす。
いまや孫呉は、戦に敗れ服従した属国ですらなく、反逆の咎を負い隷従すべき国となってしまったのだ。
沈む思考を巡らしたまま案内された部屋に入った孫権を迎えたのは、酒を飲んでいる数人の遠呂智兵だった。
「おっ、来たか。いや、今度からそっちの軍にお世話になるからよ、御挨拶をと思いましてね。へへ。」
やや呂律の回らない声でそう言った一人が、酒の入った杯を差し出してくる。
「お近づきのしるしにどうぞ。」
「い、いや、私は…」
酔っているだけではない、異様な雰囲気にぎょっとしていると,いつの間にかすぐ近くにいた別の男に肩を掴まれた。
「なっ、何をする!」
「まあまあカタイこと言いなさんなって」
言うが早いか、両手を後ろ手に捕らえられ、更に二人が両脇を固めてあろうことか孫権の上衣を掴んで胸まで肌蹴けさせる。そして、差し出した盃を結局自分で飲み干した男がにやにやと孫権の顎を引き寄せた。
「親睦を深めましょうって言ってんだよ。」
「無礼者!!」
首を振って男の手を払い、睨みつけると、どんっと背後の三人に後ろから突き倒された。
「ぐっ」
後ろ手のまま上半身が直に床にたたきつけられ、痛みが走る。
「無礼者ねえ。あんた、自分の立場わかってんのか?」
見下ろしてくる男の顔は下卑た笑いに歪んでいて、それだけで誇り高い孫権の神経を逆撫でする。いくら隷属国になり下がっているとはいえ、こんな下級の兵士がなぜ孫呉の頭領たる孫家の次男にこのような口をきけるというのだ。