ぐるぐると行ったり来たりの思考に、ひとり、ただただ涙を流す孫権の耳に、かたりと戸の鳴る音が届いた。
はっとする。あわてて涙を拭い、しばらく待つと、もう一度、控え目に戸が叩かれた。
「……誰だ」
「……周幼平です…。…孫権様に、お話が……」
「っ。そ、そうか。…入れ。」
声が震えた。
扉が開き、黒い巨躯が静かに室内に入ってくる。それを見ながら、孫権は椅子の上で身を固くしていることしかできなかった。
「…………」
沈黙だけが、二人の頬を撫でて扉の隙間から流れていく。ぱたりと扉の閉じた音さえ、質量のある空気の中に吸い込まれていった。
何も言えない。そして、何も聞きたくなかった。
数歩の距離を音もなく近づくと、周泰は孫権の眼前に跪いた。
左腰の弧刀を外すと、す、と一度柄を孫権の方に掲げてから、そのまま床に置く。それを見た孫権の、息を詰めるひゅっという音が周泰の頭上で響いた。
「……申し訳ございません……」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
「…あなたを…守れなかった…」
緊張と混乱で身動きの出来ない孫権にかまわず、周泰は目を伏せたまま訥々と続ける。
それは、謝罪というよりも、懺悔のようだった。
「申し訳、ございません…」
合肥後、遠呂智軍に戻ることを止められなかったことも、
そもそも陵辱を受けていたことに気付けずにいたことも、
さらに、それを知った時にしてしまったあの行為も。
「…どうか、何なりと、ご処分を……」
本当は、断罪の声と視線を、顔を上げて受け止めるのが、自分に対するまず第一の罰だろうとは思った。その覚悟はしてきたつもりであった。
しかし、扉越しに聞いた凍りついた声と、一瞬だけ見えた引き攣れた孫権の表情はあまりにも痛ましく、周泰はただひれ伏すしかできなかった。
取り返しのつかないことなのだ。
せめて、その手でこの首を断ち切ることで、全てを終わらせてくれればと思った。
「……しかも…ずっと…あなたを、そういう目で…」
ただ怒りに任せただけのひとときの迷いではない。劣情を、向けてはならない人に向け続けてきた。
「俺は…あの鬼どもと…何も変わらぬ…」
犯してやりたいと思っていた。その上等の衣を引き裂いて、肌を味わって、己を押し込み、思うままに揺さぶりたいと、
欲にまみれた汚い視線を浴びせ続けてきたことの、どこが違おう。
『慕っていた』なんて言えやしない。
主従や敬慕をはるかに超えて足元に踏みにじるまでに、欲望が膨らみ肥えた。
「…本当に、そうなのか…?」