ぽつり、と孫権の口から零れた言葉に、周泰は息を呑んだ。
「あいつらと…同じだと……私を、欲の捌け口と…そう、思っているのか…?」
 うつむいた顔は、どんな表情をしているかわからない。
 だが、細く震えた声は、今にも泣きそうな、懇願するような響きだった。
「…私に求めるのは…体だけだと…そう…」
 咄嗟に、周泰は低く叫んだ。
「…いいえ…!」
 違う。
 貪欲な俺は、あなたの心をも欲しがっていた。
 すべてが欲しかった。
 浅ましい想い、それはむしろ肉欲よりも凶悪だった。
 体だけが欲しいのだったら、孫権が誰に抱かれようとかまわない。それこそいっそのこと自分も加わったっていい。
 それ以上を望んでいたからこそ、あのとき憎悪に狂ったのだ。
 燃えるような理不尽な嫉妬を抑え切れずにぶつけてしまったのだ。
 ぼろぼろになっていた孫権を慰めることもせず、追い討ちをかけるようにその身を責めた。
 後悔はした。何度も。ずっと。
 もっとも大切な人を、この手で痛めつけてしまった、悔やんでも悔やみきれぬ最低の罪。
 だが同時にその後悔は。
 あの時、激情に身を任せることなく、あなたを、ただいたわることが出来ていたら、
 傷ついたあなたの心につけいることが出来ただろうか、という卑怯でありさえした。
 どこまでも救いようのないこの愚かさよ。
 こんな、ドス黒い欲望を、まさかそれでもあなたは求めてくれるのか。
 愛などという言葉のとても似つかわしくない醜い感情を、自分に向けてほしいと願ってくれるのだろうか。
「…俺は…あなたのすべてを求め…身の程も弁えず…」
「…いいのだ」
 震える声で孫権が言う。
 この汚れた身、しかも陵辱されながらおまえの顔を思い浮かべて愉悦に浸った私。
 何人もの男に犯され、淫らを掘り起こされて、あるいはそれならばおまえを惑わせられる体になったろうか、と、いつしか心のどこかで嬉しくさえ思っていた。
 愛されるわけはないけれど、もし生き延びて再び会えたならその時はきっと、もう一度とこの体で誘い込み、そしていつか心をも狂わせられれば、と。
 そのくせ本当は、愛されたくてたまらなかった。
 さきほどだって「体だけを求めるのなら、それでもいい」と言ってもよかったのに、無様にも縋るような言葉になってしまった。
 どこまで強欲で身勝手なことだろう。
 そんな私を、まだ欲しいと思ってくれるのか。
 私はもう、昔のような、お前をまっすぐに慕う無垢な子供でも、誇り高き清廉な主君でもないというのに。
 こうも胸を貫く熱いまなざしをくれるのか。

 


「おまえが、私を望んでくれるのならば、」

 


 どうせ罪に穢れた二人、どこまでも、あの、誓いのように、

 



「共に地獄に堕ちよう」

 

 



 じり、と灯が消えたのと同時に、闇色の腕が奪い去るように孫権を包んで、一つになった影が夜に溶けて消えた。

 



 後に残るは、衣擦れの音。


 そして、互いの名を呼ぶ切なる声の響きだけ。

 



 


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