君主の救出戦を終え、ようやく一つとなった孫呉に迎えられた孫権は、息つく間もなく次の戦に向けた準備に明け暮れた。昼は軍の各所を見て回り、夜には再会した家族や仲間、新たに加わった将を訪れ、連日語り合う。それは、今までの誤解を埋めるためでもあったが、何よりも孫権は一人になりたくなかった。
 夜が、怖い。
 というよりも、空白の時間が全て怖かった。
 そんな時は、誰かがそばにいてくれれば気を紛らわすことができる。誰でもいい。…かつて、それをもっとも望んだただ一人を除いて。
 だから、今日のような静かな夜半は、孫権が最も恐れていたものだった。
 居室に一人でいるとどうしてもあの記憶が全身に忍び寄る。
 それが、恐怖だけならまだいい。
 だが、あのたった一夜だけの行為はそれなのに凌辱の記憶を鮮やかなほどに塗り替え、恐怖よりも厄介なものを孫権にもたらした。
 自然と反応してしまう身体と、それに引きずられて募る恋慕。
 そして、繰り返し思い知る絶望。
 あの時、全てが終わったというのに、この体は何を期待しているというのだ。
 小牧長久手から孫呉の陣営に戻って以来、孫権はずっと周泰を避け続けてきた。後ろめたさもあったが、それがお互いの為と思ったからだ。周泰は自分の顔など見たくもないだろうし、自分も、もう想いもなにもかも全て忘れてしまわなければならない。
 けれど一度知ってしまった熱は、耐えようもなく情欲を引き起こし、体の奥底から燃え広がって下腹と後孔を疼かせた。
 あきらめきれない。
 だってこんなに、どうしようもなく恋しいのだ。
 いっそ告げてしまおうか。もう知られてしまったのなら、これ以上何を怯えることがあろう。
 愛していたと、声の限りに叫べばいい。
 ……いや、だめだ。
 小牧長久手での、周泰の顔が脳裏に浮かぶ。  底の見えない、昏く冷え切った瞳。
 かつての穏やかなものとは全く違う、感情の一切が切り取られたかのような無表情。
 言える、はずなどないのだ。私に、その資格などない。
 ああならばいっそ、抱いてくれと言ってしまおうか。
 怒りまかせにでも一度は抱けたこの身を、もう一度貪ってくれたらいい。どれほど軽蔑されようと、男無しでは眠れぬこの体をせめて慰みものにしてくれ、とでも縋ろうか。
 だがそれも、到底応えてもらえるとは思えなかった。
 周泰は私のもとを去っていくだろう。
 そう考えると全身が切り刻まれるように痛い。
 仕方がないことだ。誰も、男に、それも人間ですらない化け物に犯されて腰を振るような浅ましい主に仕えたいなどと思えるはずがない。


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