「権、苦労をかけたな。」
「……父上…!」
 ご無事でよかった、と思うと同時に、とてつもない罪悪感が全身を包んで切り刻む。
 あれらのことが、これで少しは報われた、などと思えるはずがない。いくら父の命を守るためだからといって、敵に媚を売るなど孫家の者にとって恥以外の何物でもない。しかもそれが、あのような形でだったなど、到底認められるものではなかった。
 当然あのことは父や兄に伝わっていないだろうし、伝わることなどあってほしくないのだが、何も知らぬ父を前にして、汚れた我が身がただただ恥ずかしい。
「どうした権、行くぞ!」
「は、はい。」
 それでも、自分たち家族を、孫呉の将兵を常に思ってくれる偉大な父に促されれば、共に戦わないわけにはいかない。
 逃げ切れるだろうか。
 救出の成功を兄に報せるため、半蔵はすでにここにはいない。父と二人、孫策軍の陣営に向けて駆けていると、脱走に気づいたらしい遠呂智兵が大げさとも思える大部隊で追ってきた。逃げる途中、小高く開けた場所から見下ろすと既に孫策軍と遠呂智軍の交戦は始まっているようで、眼下の平野は剣戟の音と砂煙につつまれている。
「そこまでよ!逃がさん!」
 坂を下り、ぐるりと防壁に囲まれた拠点に入ったところで、先の門を閉められ、二人は追ってきた兵と拠点を守る兵とに挟まれてしまった。
「くっ…!」
 …父上と兄上がいれば、孫呉は安泰。かくなる上は、父上だけでも。
 もとからの覚悟どおり、孫権が父を逃がすため命を捨てて戦おうと背を向けた時、右手から大きな爆発音がして遠呂智兵に動揺が走った。
 飛び込んでくる数人の影。
「親父!権!」
「父様!権兄様!」
「おお、策、尚香!助かったぞ!」
 そして。


「………………」


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