どこかで、箍が外れてしまったのではないかと思う。
小牧長久手に設けられた刑場近くの地下牢で、孫権はぼんやりと考え事をしていた。
なすべきことはすべてなし終えた。
合肥の地から逃げ延びた孫権は、遠呂智軍の本隊に帰還した。それまでの居城にはもう誰も残っておらず、そしていずれにしても捕らえられるのは間違いなかったからだ。
当然、処罰を受けるだろうことは分かっていた。
…間に合うといいのだが。せめて、父だけは。
己の生死の行く末は、孫権はどこかそれを他人事に感じていた。合肥以来、なにか自分と離れたところで頭だけがやけに冷静に物事を進めているようだった。
その一方で、心はたった一つの面影だけを繰り返し映し出している。
あの時、兄に敗れ、斬られてしまおうと項垂れた孫権の前に現れたその姿。
「……今です……」
そう言っていつものように前に立った後ろ姿が、後半は滲んでぼやけた。一瞬のことで、しかしその横顔はしっかと目に焼き付いている。
その姿を思い浮かべればただ恋しさだけが胸を満たし、残酷な世界は孫権から遠ざかる。
妲己に処刑を告げられた時も、夜、見知った顔ぶれが牢を訪れ始めても、もはや心に浮かぶのはあの顔だけだった。自分にもたらされる何もかも今となってはどうでもよかった。
ああ、どうせ死ぬのならば、恋情に溺れて息も止めてしまいたい。
かつて想いを押し止めていたのがうそのように、今はただひたすらに彼の面影を追っていたかった。おそらく二度と会えないし、この気持ちを伝える気など元からなかったが、周泰を想っている間は幸せめいた幻想に浸っていられた。
だから、服部半蔵が現れ鍵を開けた時もどこか現実感がないまま孫権はその後ろに従って牢を出た。
だが、脱出した久しぶりの陽の光の下、同じように助け出された孫堅の姿を見たとき、孫権の意識は一気に現実にさらされた。