ひとしきり飲みこんだものを吐き出しきった後、涙と戻した物で汚れた顔をばしゃばしゃと水で洗った孫権の、手を引いて立たせると急に周泰が歩き出した。
「!しゅ、…。」
 やはり、声が続けられない。
 周泰の言葉が少ないのも表情が動かないのもいつものことだが、無言で大股に歩く、今はその心がわからない。
 …いや、わかっているか。
 周泰が今何を思っているのかなど分かり切っている。
 怒っているのだろう。情けなくてやりきれないのだろう。当たり前だ。主君が、こんなことをしていたのだから。
 周泰は、何かを睨みつけるようにただ前を向いて、足早に孫権の居室に向かっている。
 怖い、と思った。
 見たことのない表情。強く強く掴まれた手のひら。
 それでも、どこか気遣うような握り手のわずかな優しさ。
 部屋に着くと、周泰は薄く熾火となっていた火鉢に火を入れなおし、片手に持っていた水桶の水を大きめの鉢に入れて温め始めた。鎧を外し、机に置かれた手拭いを残りの水に浸して絞り、言う。
「…お体を…清めます……」
 確かに、それらは身を清めるために置いているものだった。替えの夜着もある。このようなことになってから、夜には女官を早く下がらせ、朝、武具を付けるときのみ手伝わせるようにしていたのだった。
「い、いや。自分でやる。」
 だから必要ない、と言うのを遮るように、
「…いえ…」
 有無を言わせぬ口調で周泰が言う。
「…失礼します…」
 ことわりの言葉だけは丁寧に入れるが、その響きは硬く、いつも以上に低い。まるで先程の声が届いてもいないかのように孫権を牀台に座らせると、解かれていた髪を掬いあげて拭いはじめた。
 硬く絞った布で全体を拭き取り、横に置かれていた香油を付けて再び軽く纏めてくれる。
 時折指が耳や項に触れるたび、びくりと身を震わせてしまうのを、水の冷たさのせいと誤魔化せているだろうか。


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