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「…幼平…」

 

小さな一室に運び込まれた彼のなきがらは、
命じたとおりなるべく手を付けないままにおかれていたため、泥と血にまみれていた。

 

冷たくなった、愛しい男の手を握る。
この手が私を抱き、私を護り、私のために刀を振るっていたのだ。

 

「ああ……」

 

たまらずその胸にすがりつき、涙をこぼす。
だが、おまえのために泣くのは私だけでいい。

 

 

…そうだ、誰も悲しませてなるものか。

 

おまえを喪う痛みさえ、おまえがもたらすものは、すべて私が独占するのだから。

 

 

近くにいた兵によれば。
すでに何本もの矢を受け、敵刃が心臓を貫いて。こと切れるその瞬間、
体がぐるりと回転して、傍にあった馬の上に倒れこんだのだという。
そのまま、馬は彼を乗せ、本陣まで戻ってきた。

 

「…最期まで、律儀な男だ」

 

奮威将軍・周幼平。
彼ほどの将ならば、討ち取られたら確実に、首を、とられていたはずだった。

 

顔をそっとなでてみる。
私に全てを捧ぐと言った男のまなざしを思い出す。
…ちゃんと、私のもとに帰ってきたのだな、と思う。

 

ふふ、と薄く微笑って、左頬に唇を寄せ、縦に走る古傷に舌を這わせる。
いままで、幾度そうしたことだろう。獣のようと笑われたこともあった。

 

 

ああ、いっそ本当に虎となってしまえたら。
どうせ、人の心などもう要らぬのだ。

 

 

この手に爪を生やし、引き裂いて。

 

するどい牙で喰らい尽くす。

 

その肌を、肉を、髪を、眼を。

 

 


骨の一片も残さずに。


 

 

 

すべて、わたしのものに。

 

 

 

 



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…あー山月記のもとになった人虎伝は清代に書かれた唐代の話でしたっけね。 隴西の李徴さん。
 おおぅ三国時代ってばものすごい前だ。
まぁ人虎譚的なモンは昔からあった、とか思ってください…。そこんとこよく知りません(死)。