「…う、うぅっ、」
 ぐ、と一回、少し下がって二回、三回と、喉元を歯で圧迫されて孫権は軽く呻いた。
 ねろりと喉仏を一周した舌がそのままくぼみを辿って鎖骨の中心に至る。ゆっくりと薄い唇が押しつけられ、しかし吸うことはせずに離れていった。
 入れ替わりに両手の指が肌に置かれてそれだけでびくり、と孫権の身が震えた。楽器の弦を弾くように、親指を除いた八本の指が鎖骨の上で蠢き、はだけた夜着の襟元に至ると一気に開く。荒々しく引っ張られた絹の夜着が解いていない帯の間からずるずると上に抜け、その感触にさえ孫権は興奮を覚えた。
 …そうだ、それでいい。
 引き千切らんばかりに帯を引き抜き、晒け出された孫権の裸身を、いつもなら眩しそうに眺める周泰の目は塞がれている。
 どうするのか、と思っていると、ためらいのない指先が触れてきて、熱の篭った腹筋の線をなぞった。
「っはっ…!」
 思わず背をしならせた孫権の体を片手で寝台に押さえつけ、もう一方の手が休むことなく全身に火を点していく。
 耳から首筋、肘の裏側、胸の脇、腰骨、内腿。
 どれも、孫権の弱いところだ。
 くすぐるように、あるいはこねるように、肌と肉とを刺激する。その度にそこからびりびりとした衝撃が身体の内に走っていった。
 どうして、見えぬのにいつもと同じくそこを的確に探し当てられるのだろう?
「んっ…、」
 ……いや、まったくいつも通りというわけではない、か。
 手が置かれる瞬間、少し、ほんの少しだけ、急所からずれる。
 だがそれを、すぐに指を滑らせ修正するその動きが、まるでわざと焦らされているように感じられて、たまらない。
 わずかなもどかしさが、積み重なると加速度を増して膨れあがり、官能的な焦燥に心が追い詰められる。狂いそうだ。
 なのに、周泰は執拗なほどに時間をかけて、孫権の全身に、髪から足先までくまなく触れていった。
 …そうか、これは。
「は…ぁ…あ、しゅうた…ぁ」
 貪るように撫でまわされる。
 この男の指先は舌だ。そして目を塞がれている今、眼でもあるのだろう。
 ああ、観ている。目は見えなくとも、この男は指先で私を観ている。
 それ自体が意思を持つかのように這い上がってきた指が惚けて開いたままの孫権の口をなぞり舌をくすぐる。
 私の今このひどくいやらしい顔まで、お前には見えているのだろうか。
「ぅふぅっ…あぁっ」
 咥内を蹂躙していった指が孫権の唾液を絡めて出てゆき、そのぬるぬると湿った滴りを乳首に擦り付けた。数度円を描いた後、きゅうと爪で強く摘まむ。硬さを増した紅を、親指の腹で摩擦しながら弾くと、ぬるん、と滑った感触は、孫権には舌先で舐められているように思えた。
 …味わっているのだ、この男は。
 夜に忍び来て、戯言を弄し目隠しまでさせて誘った孫権の意図に、初め周泰は乗ったように見えた。だからそのまますぐにでも欲望を突き立ててくるだろうと思っていたのに、延々と手で触れて孫権を高めてくるばかりなので、孫権は内心困惑していたのだった。やはりまだ、気を遣っているのではないかとも思った。
 だが、違う。
 この手つきは、『奉仕』ではない。愛撫という言葉さえ生ぬるい。
 決して乱暴ではないけれど剣呑な指使いで、私の肌を犯している。遠慮などではない。始めから、私は喰らわれていた。捕らえた獲物をじっくりと嬲るように味わい尽くす、これがそもそもこの男の抱き方なのだ。
 ひとしきり胸をいたぶり終えると、周泰はすでに熱く起ち上っている孫権の雄をひと撫でした。
 ゆるゆると頭を振っていたものがびくりと大きく跳ねる。それを宥めるようにもう一度なでてから、左手を付け根に添えて支え、右手の五指をすぼめて爪先を先端に押し当てる。
 そして、ゆっくりと、形に添わせて指を開きながら根元に向かって上から包みこむように撫で下ろしてゆく。
「うぁ…あ…ああ…」
 少しずつ、少しずつ、まるで、得体の知れない生き物の口に呑みこまれていくようだ。
 薄皮と粘膜を滑り降りていく指。とん、と鈴口が周泰の手のひらにあたった、そんななんでもないような刺激さえ、衝撃的な快感をもたらす。
 突き当たった手は、元来た道をまたじわじわと戻っていった。一番上まで戻ったらもう一度下へ。奥まで来ると今度は掌の筋肉で先端部分を揉みながら、指先が下生えをかさかさとくすぐった。
 それを幾度も繰り返され、快楽に惚けていると、ずり、と手が滑って、横から掴まれる形で下の方を握り込まれた。
 間髪入れず、薄い唇に含まれる。喉奥まで一気に咥えこんで強く吸われた。
「ひぁっ!」
 周泰の舌が幹の周囲にねっとりと絡む。圧力を保ったまま上下され、同時に左手の二指が露を伴い後孔を解して、入り口をくい、と開かれた。少しだけ内壁が外気にさらされてひやりとした感覚に、蕾肉が反射的に閉じようとしたが、それを許さず、そのままくるくると指が蠢く。浅い部分ばかり刺激されて、少し広くなっているらしい奥の方がじんわりと蕩けて熱く疼いた。待ち焦がれているのだ。

  と、そこで周泰が身を起こした。
 いつの間にか雲を掃った月が窓の外からその背を彩る。


  …ああ…おまえは美しいな…


 月光に照らし出された周泰の姿は、まさに大きな黒い狼そのものだった。
 ほの明かりに浮かび上がる全身の傷跡。
 一分の無駄もない均整のとれた逞しい肉体。
 両目を覆う布は、鋭い視線を隠してはいたけれど、猛り狂った獣を無理に抑えようとしているようで、かえって物騒な気配と野性味を際だてていた。
 …この獣に、私は、……ああ、早く。



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