衣擦れの音がする。
そして、嘲笑。
「…っぐぅっ!」
自分の声すら、遠い。
もう何度目かわからぬほど繰り返された行為は、いつまでも苦痛を生み続けてはいたが、今ではそれに抗う気もなくしてしまった。
ぼんやりとかすんだ意識のまま、ただこの時間が過ぎるのを待つだけだ。
…だが、今回は。
「……何を…している……!」
低く唸るような声に、信じたくない現実が目の前に突きつけられたことを知った。
『 Fall Down 』
その日、周泰は明日から始まる次の戦への準備をようやく終え、夜遅くに居城に戻ったところだった。
遠呂智軍から離反した孫策らを討てとの命に従って討伐軍を編成していた孫権軍は、いまだそれを果たせずにいた。
先日の関ヶ原での交戦は、大軍を率い相当のところまで追い詰めたものの、結局は孫策を取り逃がしてしまったのだ。
次こそは、必ず勝たねばならなかった。
無論、周泰も孫権も、孫呉の将兵も誰ひとり望んで戦っているわけではない。
しかし、本来の呉主である孫堅を人質にとられていては逆らえるはずもなかった。しかも、かつてのように人質の解放を餌に、ではなく、人質の命を繋ぎとめたくば、とあからさまな脅しで戦果を求められているのだ。
だがそうしてやむなく至った今までの幾度かの競り合いの中で、孫策軍に降った兵も数多くなった。もはや部隊の編成に、同じく遠呂智に組している魏軍や遠呂智軍から兵を補充するしかなくなったため、出陣ぎりぎりまで調練を重ねていたのだった。