そして攻め込まれた本陣で、2度目の兄との対決に、やはり勝つことはできなかった。
「私の負けだ。斬るがいい…」
自分を見下ろす兄の顔は見られなかった。
こんなにも不甲斐ない弟で申し訳なかった。
だがこれで全てが終わる。
死を覚悟して心に浮かんだのは、父でも、兄でも、妹でもなく…


突然、びゅう、と風が駆けぬけた。
蹄の音と地響きが、なぜか遅れて意識に届いた。
「今です…」
はっと顔を上げると、焦がれたその姿が目の前にあった。
「っ――――」
馬に飛び乗る。
最後に会えたことが、どうしようもなく嬉しくて切なかった。
一瞬だけ振り返る。
黒い巨躯が刀を納め、膝をついたのが見えた。


…兄上。周泰を、お返しします―――――


かつて、兄の側近だった彼を自分の配下にとねだったことを思い出す。
思えば、あの頃からずっと、私が望んでいたのはただ…

 

遠呂智軍に戻った私は、早速捕らえられ、度重なる敗戦の責によって処刑されることになった。
予想通りだから驚きはしなかった。
兄に将兵を託し、死ぬことだけが孫呉のために私に出来る精一杯のことだった。
刑場にそびえ立つ磔のための木柱を眺め、覚悟を決めたこのときに、浮かぶのはやはりあの顔だった。

 

目を閉じ、ふと思う。
思うだけだ、願いはしない。
だから、許してほしい。

 

もし、彼が、兄に降ることを拒んだのなら。
私以外に仕えるつもりはないと言ってくれたなら。
そしてもし、兄が、彼を斬ったなら。

 

 

二人一緒に地獄に堕ちれるだろうか。

 

 

わかっている。
兄が、あれほどの将を斬るはずが無い。
あの時だって私を斬らずにおこうとしていたくらいだ。
そして彼は孫呉に欠かせぬ優秀な人材だ。
これからもその志のもと、存分にその武を振るって欲しい。
そう、心から願っている。

 

 

だけど…

 

涙がひと筋、ほろりと零れた。

 

 

将兵は皆、孫呉のもの。
孫呉の旗を持つ者の下に集わねば。

 

 

 

…ああ、だけど、

 

 

 

周泰。

 

 

 

 

おまえだけは、私ひとりのものにしたかった。

 

 

 

 


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絵日記にUPしたオロチSS。たまにはこんなコンプレックス権も萌えるなぁ。